俳句では「ゃ・ゅ・ょ・っ」を小書きにしてはいけない?

俳句の世界では「ゃ・ゅ・ょ・っ」のような小文字は、大文字で書くべきだと言われることがあります。
その理由として、かつての旧仮名遣いでは小文字の表記がなかったため、現在でも旧仮名遣いで俳句を作る際には大文字で書くという慣習が残っているからです。

この考え方が主流であることは分かっているのですが、このページでは、小文字を大文字で書く必要はあるの?という、逆の意見で記事を書いていきます。

伝統的な考え方だけでなく、別の見方も総合的に判断して、ご自身で、小文字の表記をどうするか決めるのが良いでしょう。

俳句での小文字表記に疑問を抱く理由

俳句を始めたばかりの頃、私も先輩から「小文字は大文字で表記するものだ」と教わり、ずっとその通りに作品を作ってきました。
しかし、最近になって、このルールに少し疑問を感じています。
以下に、大文字表記の疑問や問題点に関して考えられる要点を述べます。

大文字表記の読みにくさ

小文字を大文字表記するということは、「まっしぐら」を「まつしぐら」と書き、「こんにゃく」を「こんにやく」と表記するということです。
作品では次のようになります

電車いままつしぐらなり桐の花  (「まっしぐら」→「まつしぐら」)
紫蘇(しそ)畑こんにやく畑昼の雨    (「こんにゃく」→「こんにやく」)

このような表記は、読者が作品を読むさいに、不要に誤読を生じやすい表記と言えないでしょうか。
小文字が1つだけであれば、普通に読めなくもないのですが、複数の小文字が続くようなときは、どうしてもそこで流れが止まります。場合によっては、どの単語を使っているのか分からない時もあります。

朝採れのきゆつとしまつた胡瓜かな   (「きゅっとしまった」→「きゆつとしまつた」)

小文字が続く単語が使われると、読みにくさを感じます。
現代では小文字と大文字は分けて表記しているのですから、同じように、小文字と大文字を分けて書いた方が、現在の読者にはやさしい表現とも言えます。

大文字表記の源泉

俳句は多くの場合、文語・旧仮名で書かれます。
文語・旧仮名時代の長い期間に渡って、小文字は大文字で書かれていました。そのため、俳句では小文字を大文字で表記することが促進されているのですが、その導入の歴史的背景も詳しく見る必要があります。

小文字表記の歴史

旧仮名の時代は、「きゃ」や「っ」のような小文字を表すための標準化された表記法が存在しませんでした。
しかし、いろいろな表記方法を試行錯誤する中で、院政期以降の文書の中では、小文字や左寄せ表記など、現在上の小文字表記の原型が見られます。 1)
ただし、小文字の表記が事実上の規約として定着するまでには大きな時間がかかりました。
明治に出版された日本文典 2)の中で「促音・拗音」という言葉が使われていて、ようやく小文字の概念が定着したといえます。

新仮名の歴史

俳句では、旧仮名では小文字を大文字で書いていたから、同じように小文字は大文字で書きなさい、と言われます。
新仮名が始まったのが1988年ですので、1987年以前が旧仮名になります。
そうなると、旧仮名のころにすでに小文字の概念は定着していたということになります。
例えば、1987年以前の本の中では、次にあげる本で小書き表記が使われています。

「梅蕾余薫 : 政治小説 後」 1886年 3)
「早稲田文學」 1895年 4) 
「鹿兒島方言集」 1906年 5)
「国語学びの栞 巻2」 1909年 6)

つまり、旧仮名では小文字を大文字で書いていたから、同じように小文字は大文字で書きなさい、という説明は、説得力に欠けるように感じます。

カタカタは小文字は小文字表記でよい?

俳句では、小文字を大文字で書きなさいと言われます。
ただ、大文字で書くのは平仮名の場合だけで、カタカナでの小文字は小文字表記で良いとされます。
これはどのような理由からなのでしょうか。

なぜカタカナは大文字に直さない?

「カタカナの小文字は小文字書で良い」と言う人の多くは、1988年に新仮名の開始を告げた内閣の告示を根拠としています。 

拗音及び促音に用いるカタカナの「ヤ、ユ、ヨ、ツ」については従来から原則として小書きが行われてきており、今後も従来どおりの取扱いとする。
https://www5d.biglobe.ne.jp/Jusl/Bunsyo/yayuyotu.html(参照.2024-03-21)

カタカナの小文字は、以前から小書きが行われていたので、これからも小書きでにしましょう。
という内容です。

ただ、ここでいう1988年以前から小文字を小文字で表記していたのは、外来語のことです。
外来語の名詞に含まれる小文字を大文字で表記すると誤読が増えてしまうため、小文字を使っていました。
例えば次のような外来語の小文字が大文字で表記されてしまうと、発音が分からなくなる人が多くなるため、小文字で表記していたということです。

メディカルチェック、フェローシップ、パブリックインボルブメント
             
メデイカルチエツク、フェローシプ、パブリクインボルブメント(外国から来た、初めて見る単語が大文字で書かれると、発音が分からなくなる)

一方、平仮名は、小文字表記が生まれるまで当たり前のように大文字で書いていたので、大文字で書かれても誰も苦労はせずに読めたはずです。

公文書は2010年頃まで大文字だった?

1988年に新仮名が始まり、一般には小文字表記がすぐに浸透しましたが、公文書では2010年頃まで平仮名の小文字は大文字で書いていました。
このことも、「平仮名の小文字は大文字で書かなければいけない」という考えにつながっているようです。公共の機関が20年以上小文字を大文字で書いていたのだから、やはり小文字は大文字で書くべきだ、ということでしょうか。
ただ、公文書において2010年頃まで小文字を大文字で書き続けていたのは、法令の一部が変わったとき、古い法令の記述が大文字表記のままで、修正した法令の記述を小文字表記にすると、表記が混ぜこぜになるため、1988年を機に一気に小文字表記に切り替えることができなかったという事情からでます。

小文字表記にどんな問題が生じるの?

小文字を小文字で表記すると何か問題が生じるのでしょうか?
何らかの問題が生じるのであれば、大文字で書いたほうが良さそうではありますが、カタカナにしても平仮名にしても、小文字を小文字で表記しても意味が変わるわけでなく、問題が生じることはありません。

小文字が大文字で書かれることでの読みづらさ。それによって生じる誤読の可能性。
小文字を大文字表記にしなければいけないとする根拠を考えると、わざわざ大文字に固執する理由がないのであれば、小文字は小文字で表記してよいのではないでしょうか。

「ゃ・ゅ・ょ・っ」といった小文字表記について迷っている方は、一つの判断材料にしてください。



1)濱田敦.1 9 8 6.国語史の諸問題.和泉書院.
2)日本文典:中学教程.中等学科教授法研究会.中等学科教授法研究会,明30,p.4.
3)スコット 著, 牛山鶴堂.訳.梅蕾余薫 : 政治小説 後.(明19,20).春陽堂.
4)早稲田文學.(1895年).第一書房.
5)鹿兒島方言集.(1906年).久永金光堂.
6)小原亀松 編.国語学びの栞.巻2.(明42).郡是製糸.



タイトルとURLをコピーしました