現在、俳句を作っている人は、日本だけで2百万人いると言われています
単純に、一人が毎日1句を作るだけで、日々2百万句が日本に生まれている計算になります
これだけの俳句が生まれていると、ほとんどが似たり寄ったりの平凡な内容となるのは否めません
そのような事情もあってか、俳人の中には新興俳句と言って、新しいジャンルの俳句を探そうという人がいます
「個性的な俳句」「オリジナリティ(創造性)のある俳句」への渇望が、以前にもまして高まっているのでしょう
ではその高まりの中で、新聞俳壇や俳句大会での受賞作品が「個性的」か、と考えてみると、必ずしも結果はそうではないのです。個性的な作品はほとんどなく、それよりも作者の人柄や、作者独自の深い視点で詠まれた作品が受賞しているのです
俳句を詠むときに追い求めるべきは、自分らしさであって
個性やオリジナリティ(創造性)ではないのです
自分らしさと個性は同じではないの?と思った人もいるかもしれませんが、全く違います
個性というのは、自分だけにしかない考え方や、感情、思いなどを言います
個性的な俳句を作ろうとすると、自分独自の思考や、感情を織り込まなければなりませんが、そのようなことを、わずか17音の俳句で行うことは、不可能といっていいでしょう
俳句という器は、自分の感情を入れるには余りにも小さすぎて、不向きです
実際に、本などで紹介される有名な俳句の中に、自分の思想や感情を入れている俳句はありません
俳句はその時の景色だけを詠んで、その時の感情を鑑賞者に思い浮かばせるだけが精いっぱいなのです
自分の感情を入れたい、つまり自分の個性を表現したいというのなら、俳句ではなく、短歌や、詩、エッセイに表現の場を求めた方が確実といえます
しかし、それでも「個性的な俳句を作りたい」という人はいます。そのような人たちの多くは、個性というものを真新しい表現で作ることだと勘違いをして、俳句を作り、失敗をします
思想や感情を入れられない以上、表現に工夫の場を求めて、誰も使わないような単語を入れて個性と勘違いしてしまうのです
例えば、医学用語や科学用語をはじめとした専門用語、漢詩で使われる言葉、横文字など、上げたらきりがありません
医学用語の「あっぺ」という単語を句の中に入れて、作った本人は個性的だと満足をしても、ここに個性は一つもありません。ただその職種における共通言語を俳句に入れているだのことです。こういった俳句は、鑑賞者を全く無視した俳句ともいえます。
このように、個性的な俳句を求めることで、結果的に個性と勘違いした表現方法で俳句を作ってしまう人が、沢山います
次に、オリジナリティ(独創性)ですが
オリジナリティというのは、自分一人の考えで独特の物・これまでにない新しい物を創り出すことです
オリジナリティというのは、自分一人の考えで独特の物・これまでにない新しい物を創り出すことです
オリジナリティが俳句の場で出るとすれば「俳句の表現の改善に役立つ新しい考え方」を提案する場などです
「○○の助詞をこのように使えば、俳句の表現や可能性が大きく広がるのではないのか?」などと提案します
提案を聞いた人が「それは面白い」「なんて独創的でオリジナリティある考えなのだ」となるわけです
しかし俳句でオリジナリティを出そうと考える人の多くは、新しい俳句表現を生み出すことがオリジナリティだと考えてしまうのです
そして、実践して失敗します
この世に二つとないオリジナルを追い求めるがゆえに、俳句の約束である五七五を壊した俳句や、文法としては成り立たない単語の組み合わせで作られた俳句などを生んでしまうのです
これも、先ほどの「専門用語を入れれば個性になる」の勘違いと同じです。そこにオリジナリティは一つもありません
五七五を壊したものは俳句ではなくなっていますし、文法としては成り立たない単語の組み合わせは文芸ではなくなっています
五七五を壊すことも、文法を壊すことも、視覚的に変化が分かります。変化が分かりやすいため、そこに手をつけてしまうのでしょう
俳句を始めたばかりのころは、皆が「この感動をどうやって表現すればよいのだろう」とわくわくしながら俳句を作っていたはずです
それがいつの間にか、オリジナリティや独創性といった言葉に翻弄されて、表現方法を変えて新しさを模索することをしてしまいます
俳句を作っている理由は「感動を表現したい」のか「感動の表現方法を目新しくしたい」のか、どちらなのかを今一度たちどまって考えるべきでしょう
最初に述べたように、俳句を詠むときは自分らしさを追い求めるべきです
「自分らしさ」とは「ありのままの自分」ということです
ありのままの自分というのは、自分の事実のまま、素直な気持ちのまま、ということです
自分のそのままの気持ちを俳句で詠めばいいのです
今のあなたがあるのは、これまでに色々な経験を重ね、色々な考えを持った、過去のあなたの積み重ねの上にあります
あなたの考える全てのことがあなたらしさなのです
あなたの作る俳句は、あなたにしか作ることのできない俳句です
個性やオリジナリティ、独創性を追い求めてしまう人の多くは、自分の作った俳句が他人から評価されないことから始まっているのではないでしょうか。他人から思ったような評価が得られないため、新しい俳句や、個性的な俳句といったものを求めてしまうのだと思います
他人の評価など気にすることはありません
それはその人の考えの上での評価にすぎないのですから
他人の評価の度に、作る俳句を変えるのはくだらないことです
もっと自分自身の考えを大切にすることです
あなたの詠みたいもの、あなたの好きなものを詠む
ありのままの自分で俳句を作ればいいのです
あなたはいま何が好きですか?
花が好きだとしたら、花を重点的に詠めばよいでしょう
好きな花を、好きなように詠めばいいのです
それがもっともあなたらしい、ありのままの自分が表現できる一番適した方法です
最後に
あなたがあなたらしい俳句を作っていくうえで、次の2つの視点を持って俳句を作ることは、他人の俳句とは一線を画すことにつながるかもしれません。ぜひ、参考になさってください
①
なぜ・どうして?を追求すること
なぜ・どうして?を追求すること
②
視点を深くもつこと
視点を深くもつこと
①
なぜ・どうして?を追求
なぜ・どうして?を追求
あなたは花が好きだとします
そのときに、やみくもに花の俳句を作るのではなく、一度「なぜわたしは花をこれほどまでに好きなのだろう?」と問いてみてください
その答えは、自分というものを作り上げた、過去の自分の考えや経験が関係しているはずです
ただ漠然と花の俳句を作るのではなく、自分自身が花を好きである理由を、明確に理解して俳句を作りましょう。自分の考えや哲学は必ず作品の中に現れるからです
それがあなたらしさに繋がるはずです
それがあなたらしさに繋がるはずです
②
視点を深く
視点を深く
眼の前にある題材への視点を深く持つことが大切です
目の前の題材をみて、何かしら「はっと」感じるところがあったからこそ、それを題材にしようと思ったはずです
そうだとしたら、自分を「はっと」させたものは何なのか、自分を感動させた原因は何なのか、深く考えて俳句にすると良いでしょう
その瞬間、その場所にいたのはあなただけです
感動をできたのもあなただけです
その感動をさせたものが何だったのか
それをとことん考えましょう
自分を感動させた何かを俳句で詠うことができれば、それこそまさに、あなたにしか詠めない、あなたらしい俳句になるでしょう
俳句を詠むとき、個性やオリジナリティを追い求めると失敗します
自分らしさを大切にしましょう
自分らしさを大切にしましょう
初心者の方は特に、間違わないようにしましょう
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