俳句を創作する際、言葉の並び順(語順)は作品の印象を大きく左右します。句作の過程で語順を入れ替えてみることはよくあると思いますが、「結局どの語順が一番良いのか分からない」と悩むこともあるでしょう。
確かに、俳句には「こうすれば良い句になる」という絶対的な黄金法則はありません。しかし、より効果的な表現のために、押さえておくと便利な「ルール」が存在します。このルールを知っていれば、語順の入れ替えで無駄に時間を費やすことが減り、スムーズな句作につながります。
このページでは、俳句の語順に関するいくつかのルールをご紹介します。語順で悩んでいる方の参考になれば幸いです。
字余りの名詞は上五に置く
下五(五音)が字余りになる場合、その名詞を上五(五音)に移動させることで、句全体が安定し、引き締まった印象になります。
例:
- 修正前: 川風の 端に座る母 祭りばやし (「祭りばやし」が六音で字余り)
- 修正後: 祭りばやし 川風の端(は)に 座る母
下五に字余りの単語があると、一音間延びした印象を与え、句が締まらないことがあります。
一方で、上五に六音の単語があっても、「祭りばやし」のように一息に読める単語であれば、字余りの違和感は薄れやすい傾向にあります。
これは、上五が読み始めであるため、多少の字余りも自然に受け入れられやすいためと考えられます。
主語は最後に置く
俳句において、主語は最後に置いた方が、より叙情的で奥行きのある表現になりやすいです。
例:
- 修正前: 蝉時雨(主語) 戸隠の山 震わせて
- 修正後: 戸隠の 山を震わす 蝉時雨(主語)
主語が句の先頭にあると、「〇〇が~した」という説明的な印象を与えがちです。上記の例では、修正前は「蝉時雨が戸隠の山を震わせている」という説明的な句に聞こえます。
対して、主語を最後に置くことで、「戸隠の山を震わせている、その正体は蝉時雨だ」というように、「蝉時雨」という実体を提示でき、より鮮やかな印象を残すことができます。
特に、一つの事物を主題とする「一物仕立て(いちぶつじたて)」の俳句では、この語順が効果的な場合が多いです。
オノマトペは先頭に置かない
「ザーザー」「キラキラ」「ふわり」といったオノマトペ(擬音語・擬態語)は、句の先頭ではなく、中七(七音)に置いた方が、読後感の良さや、作品の内容の理解の手助けになります。
例:
梟がふわりと闇を動かしぬ 米澤吾亦紅 | |
翡翠の影こんこんと遡り 川端茅舎 | 川端茅舎の句集 (Amazon) >> |
星空へことことと湧く泉かな 萩原麦草 |
なぜオノマトペを先頭に置かない方が良いのでしょうか。オノマトペはそれ自体に具体的な意味を持たず、音や状態を表現する言葉です。
そのため、句の先頭にオノマトペがあると、読者は「何が起きているのだろう?」と、意味を掴むまでに時間がかかり、「?」という疑問符を抱えたまま読み進めることになります。
例:
- ふわりと… (読者はまだ状況が掴めない)
- ふわりと闇を動かす… (意味がまだ不明瞭)
- ふわりと闇を動かす梟 (最後まで読んでようやく意味が分かる)
これでは、句全体を読み終えるまで、読者は漠然とした感覚で読み進めることになり、俳句特有の余韻や情景の広がりを感じにくくなります。
一方で、句の先頭に具体的な名詞があれば、読者は「ああ、梟について詠んでいるのだな」と理解し、その後のオノマトペで情景を想像することができます。
例:
- 梟がふわりと… (梟がどのような様子で動いているのか、想像が膨らむ)
もちろん、例外的にオノマトペを先頭に置かざるを得ない場合もあります。その場合は、少なくとも中七まで読み進めた時点で、ある程度情景が想像できるような言葉の配置を心がけましょう。
例:
ざわざわと蝗の袋盛上がる 矢島渚男 | 矢島渚男の句集 (Amazon) >> |
この句では、「ざわざわと蝗の袋」までで、袋がざわめき、動いている様子が伝わります。このように、オノマトペを先頭に置く場合は、中七までで読者が情景を把握できるよう工夫することが大切です。
対比の俳句では、印象の良い方を後ろへ
俳句の表現技法の一つに「対比」があります。例えば、「小さいもの」と「大きいもの」、「暗いもの」と「明るいもの」など、性質の異なる二つの要素を取り合わせることで、互いを際立たせる効果があります。
この対比を用いる際、読者に与えたい印象の良い方を句の後半に配置すると、読後感がより鮮やかになります。
例:
「小さい」と「大きい」の対比
〇 足裏に 踏みし小石や 秋の空
(小石より秋の空の方が、広がりや雄大さといった良い印象を持つため、後ろに配置)
× 秋の空 足裏(あうら)に踏みし 小石かな
「暗い」と「明るい」の対比
〇 五月雨 右に付けたる イヤリング
(五月雨の鬱蒼とした印象に対し、イヤリングの輝きや軽やかさが明るい印象を与えるため、後ろに配置)
× 右側に イヤリング付け 五月雨
対比の句を作る際は、作品を通して読者に残したい「余韻」や「感動」につながる要素を意識して、言葉の配置を考えてみましょう。
単語も、印象の良い方を後ろへ
対比の句に限らず、俳句全体で使われる個々の単語においても、同様に印象の良い単語を句の後半に配置すると、読後感が向上します。
俳句は限られた音数の中で言葉を選ぶため、単語一つ一つが持つイメージを最大限に活かすことが重要です。
例:
〇 玉霰(たまあられ) かんかんかんと 寝釈迦打つ
(玉霰の冷たく激しい印象に対し、寝釈迦の安らかさや尊厳さがより良い印象を与えるため、後ろに配置)
× 寝釈迦へと ひたすら降りし 玉霰
〇 春風に 頬撫でられて 子の笑い
(春風の心地よさに加え、子の笑いの幸福感や無邪気さがより強い良い印象を与えるため、後ろに配置)
× 子の笑顔 誘って吹きし 春の風
句を構成する単語それぞれの持つイメージを考慮し、最も読者に残したい印象を後半に置くことで、句全体の質を高めることができます。
「名詞 動詞 名詞」の語順には注意
「名詞 動詞 名詞」という語順で俳句を構成すると、二つの意味に解釈されてしまう可能性があります。これにより、作者が意図した情景が読者に正確に伝わらないことがあります。
例:
「秋の海 輝く 船の帆先かな」
この句は、「秋の海が輝いている」とも、「輝いているのは船の帆先だ」とも解釈できてしまいます。
このように意味が曖昧になる場合は、動詞とどちらか一方の名詞を離すことで、解釈のずれを防ぐことができます。
修正例:
「輝きし 船の帆先や 秋の海」
このようにすることで、「輝く」が「船の帆先」にかかることが明確になり、作者の意図が伝わりやすくなります。
句を作った際に「もしかして、違う意味にも取れるかな?」と感じたら、この「名詞 動詞 名詞」の語順になっていないか確認してみましょう。
関係する単語は離さず、語順を変える
俳句の語順を考える際、すべての単語をバラバラにして入れ替えようとすると、組み合わせが膨大になり、かえって混乱してしまいます。効率的に語順を検討するためには、「関係性の深い単語はひとまとまり」として捉えるのがおすすめです。
例:
「雲海の 上を とんびが 旋回す」
この句の語順を考えるとき、「雲海」「上」「とんび」「旋回」と一つ一つの単語に分解するのではなく、以下のように意味のまとまりで考えます。
「雲海の上」
「とんびが旋回」
このように、関係性の深い単語を離さないことで、語順の選択肢が絞られ、検討がしやすくなります。この例では、大きく分けて二通りの語順だけとなります。
「雲海の上」+「とんびが旋回」 → 雲海の 上をとんびが 旋回す
「とんびが旋回」+「雲海の上」 → 旋回の とび雲海の はるか上
あとは、どちらの語順が自分の表現したい情景やリズムに合っているかを吟味し、選ぶだけです。
さいごに
これらのルールは、俳句の語順を考える上でのあくまで「ヒント」です。俳句は自由な表現の場でもありますので、時にはこれらの方法をあえて外すことで、新しい発見やより個性的な表現が生まれることもあります。
まずはこれらの方法を参考に句作に挑戦し、ご自身の表現に合った語順を見つけていくプロセスを楽しんでみてください。
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