俳句で「ゃ・ゅ・ょ・っ」を小書きにしてはいけない?

俳句では「ゃ・ゅ・ょ・っ」などの小文字を大文字で表記するケースが多く見られます。
不思議なことに、この大文字表記に対する議論はほとんど少ないまま、今に至っても充分に検討されたようには見えません。以下に、この問題に関して考えられる要点を述べます。

大文字表記は読みにくい

俳句では「まっしぐら」が「まつしぐら」と書かれているように、小文字を大文字で表記していることがよくがあります。

電車いままつしぐらなり桐の花  (「まっしぐら」を「まつしぐら」と書いている)
紫蘇(しそ)畑こんにやく畑昼の雨    (「こんにゃく」を「こんにやく」と書いている)

ただ、これは読者が作品を読むさいに、不要に誤読を生じやすい表記と言えます。
小文字をわざわざ大文字表記に直すのではなく、小文字は小文字表記で書いた方が読者にはやさしい表現ではないはのでしょうか。

大文字表記の源泉

俳句は多くの場合、文語・旧仮名で書かれます。
文語・旧仮名時代の長い期間に渡って、小文字は大文字で書かれていました。そのため、俳句では小文字を大文字で表記することが促進されているのですが、その導入の歴史的背景も詳しく検討する必要があります。

小文字表記の歴史

旧仮名の時代は、「きゃ」や「っ」のような小文字を表すための標準化された表記法が存在しませんでした。
しかし、いろいろな表記方法を試行錯誤する中で、院政期以降の文書の中では、小文字や左寄せ表記など、現在上の小文字表記の原型が見られます。 1)
ただし、小文字の表記が事実上の規約として定着するまでには大きな時間がかかりました。
明治に出版された日本文典 2)の中で「促音・拗音」という言葉が使われていて、ようやく小文字の概念が定着したといえます。

新仮名の歴史

俳句では、旧仮名では小文字を大文字で書いていたから、同じように小文字は大文字で書きなさい、と言われます。
新仮名が始まったのが1988年ですので、1987年以前が旧仮名になります。
そうなると、旧仮名のころにすでに小文字の概念は定着していたということになります。
例えば、1987年以前の本の中では、次にあげる本で小書き表記が見られます。

「梅蕾余薫 : 政治小説 後」 1886年 3)
「早稲田文學」 1895年 4) 
「鹿兒島方言集」 1906年 5)
「国語学びの栞 巻2」 1909年 6)

つまり、旧仮名では小文字を大文字で書いていたから、同じように小文字は大文字で書きなさい、という説明は、それだけでは説得力は欠けてしまいます。

カタカタと平仮名の小文字表記の違い

俳句では、小文字を大文字で書きなさいと言われます。
ただ、大文字で書くのは平仮名の場合で、カタカナでの小文字は小文字表記で良いとされます。
これはどのような理由からなのでしょうか。

カタカナの小文字は小文字で良い?

カタカナの小文字は小文字書で良いとする理由は、1988年に新仮名の開始を告げた内閣の告示が根拠とされます。 

拗音及び促音に用いるカタカナの「ヤ、ユ、ヨ、ツ」については従来から原則として小書きが行われてきており、今後も従来どおりの取扱いとする。
https://www5d.biglobe.ne.jp/Jusl/Bunsyo/yayuyotu.html(参照.2024-03-21)

カタカナの小文字は、以前から小書きが行われていたので、これからも小書きでにしましょう。
という内容です。

ただ、ここでいう1988年以前から小文字を小文字で表記していたのは、外来語のことです。
外来語の名詞に含まれる小文字を大文字で表記すると誤読が増えてしまうため、小文字を使っていました。
例えば次のような外来語の小文字が大文字で表記されてしまうと、発音が分からなくなる人が多くなるため、小文字で表記していたということです。

メディカルチェック、フェローシップ、パブリックインボルブメント
             
メデイカルチエツク、フェローシプ、パブリクインボルブメント(大文字だと発音が分からなくなる)

一方、平仮名は、小文字表記が生まれるまで当たり前のように大文字で書いていたので、大文字で書かれても誰も苦労はせずに読めたはずです。

公文書は2010年頃まで大文字だった?

1988年に新仮名が始まり、一般には小文字表記がすぐに浸透しましたが、公文書では2010年頃まで平仮名の小文字は大文字で書いていました。
このことも、「平仮名の小文字は大文字で書かなければいけない」という考えにつながっているように感じます。
ただ、公文書において2010年頃まで小文字を大文字で書き続けていたのは、法令の一部を変えたとき、古い法令の記述が大文字表記のままで、修正した法令の記述を小文字表記にすると、表記が混ぜこぜになってしまうため、1988年を機に一気に小文字表記に切り替えることができなかったという事情があります。

小文字表記にどんな問題が生じるの?

小文字を小文字で表記すると何か問題が生じるのでしょうか?
何らかの問題が生じるのであれば、大文字で書いたほうが良さそう、という考えができますが、カタカナにしても平仮名にしても、小文字を小文字もしくは大文字で表記しても意味は変わりません。
そうであれば、わざわざ大文字に固執することもなく、小文字は小文字の表記でもよいのではないでしょうか?

小文字が大文字で書かれることでの読みづらさ。誤読を生じさせる可能性を今一度考えたいものです。



1)濱田敦.1 9 8 6.国語史の諸問題.和泉書院.
2)日本文典:中学教程.中等学科教授法研究会.中等学科教授法研究会,明30,p.4.
3)スコット 著, 牛山鶴堂.訳.梅蕾余薫 : 政治小説 後.(明19,20).春陽堂.
4)早稲田文學.(1895年).第一書房.
5)鹿兒島方言集.(1906年).久永金光堂.
6)小原亀松 編.国語学びの栞.巻2.(明42).郡是製糸.



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