この句は、近代俳句の写生を追求した俳人、鈴木花蓑(すずきはなみの)による、鮮烈な一瞬を切り取った作品です。
風車まはり消えたる五色かな
〇旧仮名部分
「まはり」は、「まわり(回り)」の旧仮名
〇句意
風を受けて風車が回り始めた瞬間、それまで静止していた羽根の鮮やかな五色(または多色)が一瞬のうちに混ざり合い、視覚的に「消えて」しまったという光景
〇季語
風車(かざぐるま) → 春の季語
この句の芸術性と魅力
この句の最大の魅力は、その鋭い観察眼と卓越した表現力にあります。
一瞬の光景を見事に捉えた「客観写生」
この作品は、風車が静止している状態から、風を受けて動き出し、その鮮やかな色が消えてしまうという、極めて短い動的変化の瞬間を忠実に描写しています。
- 「まはり消えたる」という表現は、単なる事実の羅列に留まらず、視覚現象を伴う詩的な真実を伝えています。鮮やかな色が高速で回転することで、視覚が残像を捉えきれず色が融合・希薄化する現象を、「消えたる」と表現した点は、詩的感性の高さを示しています。
- 一切の無駄な修飾語がなく、簡潔で力強い表現であるため、読者はその一瞬の光景を鮮明に、臨場感をもって想像することができます。これは花蓑の写生が単なる描写に終わらず、詩としての奥行きを持っている証左です。
「静」から「動」への変化に焦点を当てた独自性
風車を題材とする場合、多くの俳句は「止まっている状態」または「回り続けている状態」を詠みがちです。
しかし、花蓑はこの句で、静止から動きへと移行する極めて短い転換の瞬間に焦点を当てています。
この着眼点もすごいのですが、それを見事な俳句に仕立てられていることが驚きで、容易には到達できない境地であり、「瞬間を切り取る」俳句の本質を見事に体現しています。
語順の工夫による視覚効果の最大化
句の景は「風車の色が回って消えた」という事実ですが、この句では「風車の色がまはり消えた」という構成ではなく、「まはり消える風車の五色」と、「五色」を主役のように結びつけています。
- 「まはり消えたる五色」と並べることで、読者の視線は風車の動きから色の消失という行為に引き付けられます。しかし、色が消えたのにも関わらず、最後的には「五色」の鮮やかな色彩を読者は認識します。
- この語順の転換は、単なる事実の説明に終わることを避け、色の存在と消失という視覚的な印象を際立たせています。
題材への深い洞察
風車はそれ自体に詠むべき要素が少なく、しばしば「父がまづ走つてみたり風車」のように、他の事物との取り合わせによって句が作られがちです。
それに対し、この句は風車が本来持つ「動き」と「色」という二大要素に深く着目し、風車そのもの現象を掘り下げて詠んでいます。これは、身近な題材から普遍的な詩情を見つけ出す、作者の非凡な才能を示すものです。
作者 鈴木花蓑について
鈴木花蓑は、明治・大正期に活躍し、高浜虚子に師事した俳人です。彼の作風は、この句からもわかるように鋭い観察眼と詩的感性の豊かさに裏打ちされた、巧みな写生と表現に特徴があります。
彼を代表する他の句には、以下のようなものがあり、その表現の深さと美しさがうかがえます。
- 大いなる春日の翼垂れてあり 壮大で優美な春の情景を捉えた句
- 花疲れ流れについてゆくとなく 心の動きを繊細に詠んだ、情緒あふれる句
これらの句からも、鈴木花蓑の句集が、俳句を学ぶ上で大変示唆に富み、観察と表現の極意を学ぶ貴重な教材であることが理解できます。
「風車」の句は、花蓑の芸術性を示す傑作の一つと感じます。

