毎日一言!「先輩俳人の残した言葉」

俳句を楽しむ

古今東西、数々の名句を紡いできた偉大な俳人たちが遺した言葉は、単なる「作句のテクニック」だけではありません。
俳句の本質への洞察や、俳句への向き合い方などの姿勢もあります。

日々の句作の中で、「言葉が形にならない」「ありきたりな表現になってしまう」と壁にぶつかることもあると思います。
そんなとき、先輩俳人たちの、核心を突いた言葉を見ることで、あなたの心が刺激され、凝り固まった視点が変わるはずです。

記事の中から、一歩前に進むための灯火となるような言葉を、ぜひ見つけてください。


視点・観察(何を、どう見るか)

焦点

目の前の風景から何を切り取るべきか、よく考えること
写真を撮る時のように、どこに焦点を絞るかが一句を決定づける
一句の要の一点を常に意識する



>>「あなたの作品の言いたいことは何?」と聞かれたとき、ひと言で言えない作品は、推敲がおざなりか、推敲自体していない作品。



季語

季語の何に感動したかを把握して詠むこと
俳句はものを読むことが基本
出来事のことではなく、季語というものを読むこと
十七音字しかないので、季語を詠むことが優先


>>取り合わせ俳句で、季語を後から選ぶというのが流行っている。
そのような作り方を何度かしてみたが、気持ちの良いものではない。



感動

自分なりの新発見をして、感動を詠む
何を感じたのかを把握して詠むこと
本当に心を打たれたことを詠む



>>自分が感動したことを詠んだ作品は、他人の評価など気にならない。
「この何に感動したの?」と言われても、自分の感動は揺るがないし、むしろ、誰も感動しないことに感動できる心を自分は持っていたのだ、と嬉しくなる。



写生・描写

対象をシンプルに把握する
目の前の事象を素直に表現する



>>シンプル。簡単そうで一番難しい。
多くの場合、音数合わせに余計な言葉を入れてしまう。



考え方・姿勢(詠み手のあり方)

俳句の本質

俳句とはどうあるべきかを考えている句を作ること
俳句はさりげなく言って、その奥に深い世界を感じさせるのがいい
俳句は、何かを述べるものではない
「何を詠むか」「如何に詠むか」は、俳句の二本柱


>>写生は、そのままを詠むと言われるが、見えるものを見えるように詠むのとは違うと思っている。
見えないものを如何に詠むか。



独創性

最初のころの新鮮さ、それを素直に表現しようという気持ちを忘れないこと
自分なりの見方や感じ方を大切にすること
俳句人格ともいうべき世界を持っていること
新しい詩を発見しようという姿勢を持つこと
俳人は人に非ず。通常の句ばかりを作らないこと



>>独創性を高めるには、自分なりの考えや着想を持たなければいけない。
そのために、自分にとって俳句は何なのか、という部分も持っている必要がある。
持たずに行う奇異的な作品は、独創でもなんでもない。



読者の共感

詠み手によって違う受け取り方をされる句は作らない
句の主人公は「われ」の方が、読者は感情移入しやすい



>>季語そのものを詠むにしても、作者の存在が感じるように作った方がいい。



学び

俳句鑑賞は一生続けるもの
先輩の句から、学び取れるものを常に学び取ること
良い芸術作品を見れば、自身の芸術性も磨かれる



>>何が良い芸術作品かは、主観を軸にすると誰にも分からないけれど、数百年残っている作品は、客観的に良いという評価をすでに得ている




作句・鑑賞

本当にそれは俳句にしなければいけない事か
詠みたいという詩情も湧かないものを詠むことは控えること
どんな文も、俳句も、結論を求めるとつまらなくなる
詠まれたことだけを味わうのではなく、それを詠まなければならない人の心を読むこと




>>「本当にそれは俳句にしなければいけない事か」
いまでも、この問いには心が動揺する。



表現・技法(言葉選び・比喩・省略)

省略

俳句は短い。できるだけ省略し、的確に要点だけを伝えること
省略の余地もないくらいに省略する
省略していくと、説明な俳句から脱することになる
シンプルに詠むことで、逆に一句の世界が広がる
文字を詰め込み過ぎるほど、説明的となる




>>俳句で使われる言葉は、多くても5個くらい。
5個しかないのだから、1つ1つ消してみること。消しても意味が通じるのなら、いらない言葉。



言葉選び

対語と容易に入れ替えられる単語は、必要のないことが多い
擬態語より具体的な言葉で作る
極力名詞で作る
外来語以外は、片仮名は使わない



>>「その語で絶対に正しいか?」
作品の中の言葉一つ一つに問いかければ、答えは出る




比喩・擬人化

俳句はレトリックを煎じつめたもの
比喩や擬人化を使うなら実景を優先させること
擬人法を使うと、理知に訴えてしまう
動詞による擬人化は上手くいきやすい。「霜柱どの一本も目ざめをり」。
比喩は、飛躍があり、かつ読者が納得できなければ感興は生まれない


>>文芸の始まりは詩。詩の中で一番重要なの比喩と、アリストテレスは言っていたか。
俳句では比喩に対する考えが、割れている。
俳句で何を詠むべきか、という作者の立ち位置で変わってくるのだろう。



説明・余韻

観念は入れないこと。観念は、各人が頭の中に持っている考え
答えを言わない。満開の桜を豪快に咲くと言ったら余韻は残らない。
全てを言わずに、読む人の想像にまかせる
思いを書くなら、何らかの物と置き換える




>>俳句を始めた当時、「あなたの作品は理屈っぽい」とよく注意された。
観念的な俳句も同じ。頭で考えた俳句ということ。
頭で考えた俳句は、結局は、その物を見ずに作っているということ。見ないで作って、良い俳句など生まれるはずがない。



表現

ありきたりの言葉を付けない(声+はずむ)
作者の感情が浮かぶような俳句を作る
俳句は虚実がバランスよく入っているのが良いが、虚が大きすぎると理解されない




>>ありきたりの表現の俳句を見かける。
「これくらいの俳句で、いいだろ。」「俳句らしく整っているから、何点かは入るだろ。」
作者は、おそらく、そのように思って出すのだろう。
わたしもそのように思って出したことがあるから、その適当な態度が良く分かる。



構成・定型・ルール(定型・季語・助詞・構造)

リズム

シンプルな句ほど、表記や音読の時の調べが良くなる
句の調子が整わない時は、舌の上で何十回、何百回と口ずさむ
俳句は意味よりも五・七・五のリズムが大切



>>始めたばかりのころは、リズムや響きを優先に作っていた時期があった。
リズムや響きを優先にすることで、生まれる俳句が絶対にある。



季語

春夏秋冬のどの季語でも置き換えられる句は、結局季節感がゼロ
季語はそのまま何の手も加えずに使う
季語の生かされ方に焦点を当てること



>>季語の分解や、季語の動詞化。
花の冷え、夕焼ける、初の雪などなど。よく見かける。
音数合わせのためにやるのだろう。
このような言葉が使われているのは俳句だけ。みっともないから、やめて欲しい。


構造

主語、目的語、述語が文法通りに並んでいる句は、散文化するだけ
「て・を・に・は」は使わなくても意思は伝わる
「①原因②経過③結果」は必要ない、「③結果」だけでよい




>>ここで指摘されている作り方が、一番多くみられる。
なので、ここを気を付ければ、作品の多くがまあまあの出来にはなる。



句の最後は、しっかりと切る
一句の意味が別な意味にとられないか
一読して明確な景が浮かぶこと



>>景が浮かぶように作る。
ちなみに、動詞より名詞の方が、景が浮かびやすい。



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