俳句を詠むとき、歳時記に載っている行事の季語を調べてみると、ときどき「これは一体どんな行事だろう?」と首をかしげる言葉に出会うことがあります。
今回は、そんな「謎の季語」の一つ、「百松明の神事(ひゃくたいまつのしんじ)」に迫ります。
「百松明の神事」とは
この言葉は、暮の季語である「松例祭(しょうれいさい)」の子季語として、いくつかの歳時記に掲載されています。 1.2)
松例祭は、毎年大晦日に山形県鶴岡市の出羽三山神社で行われる、冬を代表するお祭りです。
しかし、この松例祭について詳しく調べても、「百松明の神事」という特定の神事が見つからないのです。
百松明の神事の謎を追う
祭りの詳細を記した文献や、出羽三山神社の公式サイトを調べても、「験競べ(ためしくらべ)」や「烏飛び(からすとび)」といった神事は見つかりますが、「百松明の神事」という名称は見当たりません。 3)
では、この季語はどこから来たのでしょうか?
いくつかのヒントをたどってみると、次のような事実が浮かび上がってきました。
- 大松明の存在 松例祭では、高さ5メートルを超える大松明に火をつけて引く儀式があり、祭りの象徴的な光景となっています。
- 「百日」の修行 松例祭の主役となる2人の山伏、「松聖(まつひじり)」は、この祭りに先立ち99日間の厳しい修行を行います。祭りが執り行われる大晦日は、まさに「百日目」。この「百日」が「百松明」という言葉と関連しているのかもしれません。
- 文献に見られる記述 江戸時代の文献『出羽国風土記』には、「百松明を手に、互いに打ち合う」という記述が見つかります。これは、かつて「百松明」と呼ばれる松明を打ち合う神事があったことを示唆しています。 4)
これらのことから、「百松明の神事」とは、松例祭の中で行われる大松明を用いた神事、あるいは、かつて存在した特定の神事を指す言葉だった可能性が高いと考えられます。
季語の裏側を深掘りする面白さ
行事を詠む季語の中には、すでに失われてしまったものや、その詳細が不明なものが少なくありません。
歳時記に載っているからと鵜呑みにして使うのではなく、その季語が持つ歴史や背景を自分で調べてみると、俳句の世界はぐっと広がります。
もし「百松明の神事」を季語として使うなら、それが現代の「松例祭」とどう結びついているのか、あるいは歴史の彼方に消えた神事を詠んでいるのか、作者自身の解釈が重要になってくるでしょう。
行事の季語は、その背景まで知ってこそ、より深く詠むことができます。
季語を一つひとつ「言葉の探偵」になったつもりで調べてみると、あなたの俳句はさらに味わい深いものになるはずです。
1)角川書店.(2022).新版角川俳句大歳時記.KADOKAWA. 2)日外アソシエーツ.(2015).俳句季語よみかた辞典.日外アソシエーツ. 3)日本旅行協会 編.旅程と費用概算.(昭和13).日本旅行協会. 4)荒井太四郎 著.(明17).出羽国風土記 巻之2.. |
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