俳句に親しんでいると、歳時記で「この季語、本当に秋?」と疑問に思うことがあります。
今回は、秋の季語である「露」の子季語としてしばしば登場する「露の世(つゆのよ)」の謎に迫ってみましょう。
「露の世」とは
「露の世」は、「はかなく消えやすい露のように、人の世もはかないものだ」という、世の中を露にたとえた比喩表現です。本来、特定の季節を指す言葉ではありません。
しかし、歳時記では「露」の中に子季語として「露の世」が掲載されています。 1.2.3)
なぜ「露の世」が秋の季語である「露」の中に含まれたのでしょうか?
一茶の句が「季語」にした?
その鍵を握るのは、江戸時代の俳人・小林一茶の、あまりにも有名なこの句です。
露の世は露の世ながらさりながら 一茶
この句は、わずか2歳で亡くした愛娘への悲しみを詠んだものです。「この世は露のように儚いと知ってはいるけれど、それにしても辛い」という、一茶の深い嘆きが込められています。
歳時記に「露の世」が季語として掲載されるようになったのは、この一茶の句が例句として多く取り上げられるようになったことが大きな要因と考えられています。
一茶の句の背景にある「悲しみ」ではなく、句に使われている「露」という文字を頼りに、秋の季語として分類されてしまったのかもしれません。
季語に「強制」された季節感
この一連の流れは、私たちに一つの問いを投げかけます。
季語は、その言葉自体が季節を表すのか?それとも、誰かが決めた「約束事」なのか?
「露の世」は、一茶の句に深い意味を込めるために使われた言葉であり、必ずしも秋の情景を表現するために詠まれたわけではありません。
しかし、歳時記に載ったことで、あたかも秋を表現するための季語であるかのように扱われるようになりました。
これは「露の身」という季語にも同じことが言えます。「露の身」もまた、「露のように儚い命」を意味し、秋の季語としての本意は薄いと言えるでしょう。
俳句は言葉の「本質」を問う
季語は、俳句を形づくる大切な要素です。しかし、歳時記に載っているからといって、その言葉の背景や意味を深く考えずに使ってしまうと、作者の意図が読者に伝わらないことがあります。
「露の世」という言葉に、あなたは本当に秋の季節を感じますか?
「露」という文字が入っているだけで、何でもかんでも露の関連季語にしてしまうのは、言葉の本質から離れてしまうことにつながります。
俳句を詠むことは、言葉一つひとつの意味を深く探求する旅でもあります。季語の「落とし穴」に気づき、自分なりの言葉と向き合うことで、あなたの俳句はさらに味わい深いものになるはずです。
1)角川書店.(2022).新版角川俳句大歳時記.KADOKAWA.
2)日外アソシエーツ.(2015).俳句季語よみかた辞典.日外アソシエーツ.
3)汀子稲畑.(1999).ホトトギス俳句季題便覧.三省堂.
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