俳句の季語の中には「夕焼け」があります
ただ、俳句作品の中には「夕焼け」ではなく、「夕焼ける」「夕焼けて」などのような表現が見られます
この記事では
「夕焼ける」は何なのか
「夕焼ける」という表現を俳句で使って良いのか、などについて書いています
「夕焼ける」は「夕焼け」の動詞化
「夕焼ける」「夕焼けて」は何なのかですが
「夕焼ける」は、「夕焼け」という名詞を動詞化したものです
日本国語大辞典には、このように書かれています
ゆう‐や・けるゆふ‥【夕焼】
精選版 日本国語大辞典.デジタル版(参照2024/7/7).
〘 自動詞 カ行下一段活用 〙
[ 文語形 ]ゆふや・く 〘 自動詞 カ行下二段活用 〙 ( 「ゆうやけ(夕焼)」の動詞化した語 ) 日没の頃、西の空が紅色に染まる。空が夕焼けになる。ゆやける。
「夕焼けて」は、「夕焼ける」の連用形の「夕焼け」に助詞の「て」がついたものです
夕焼けたので
夕焼けたのにもかかわらず
夕焼けたら
などの意味になります
「夕焼ける」の始まり
「夕焼ける、夕焼けて」という言葉が使われ始めたのは、1880年代頃からです
「夕焼ける」を使った俳句の初出は、おそらく1886年のこの俳句
割岩の苔蒸せを茂り夕焼ける
厚誉春鶯 述[他] 田中治兵衛, 明19.2.
「夕焼けて」を使った俳句の初出は1898年のこの俳句
雲の峰夕焼けて海の波赤し
ホトトギス社, 1898-07, pp27.
ここから、広く「夕焼け」の動詞が使われるようになりました
「夕焼ける・夕焼けて」の俳句
「夕焼ける」の俳句
山学校も海学校も夕焼ける 夏石番矢 | 夏石番矢の句集(Amazon) >> |
痩身の透きとおる魚夕焼ける 斉藤日方子 | - |
鳶の輪の絶対音感夕焼ける 山中葛子 | 山中葛子の句集(Amazon) >> |
「夕焼けて」の俳句
夕焼けて窪みは暗き薊原 三谷昭 | 三谷昭の句集(Amazon) >> |
夕焼けて西の十万億土透く 山口誓子 | 山口誓子の句集(Amazon) >> |
夕焼けて風は人よりさみしいか 日比野登志子 | - |
一般的な名詞の動詞化
日本語では、名詞を動詞化して使うことが昔からありました
一般的な方法は、名詞に「る」をつけて動詞にするものです
例としては次のものがあります
「事故る 告る 拒否る パクる ジョナる ディスる 拒否る 拉致る キョドる」など
「事故る」は、事故を(する)の、「する」を「る」に変えて省略したものです
「告る」や「拒否る」も同じです
名詞+「る」の動詞化は、3音節で五段活用(四段活用)
名詞+「る」で動詞化した単語は、一般的に3音節になります
先ほどあげた
「事故る 告る 拒否る パクる ジョナる ディスる 拒否る 拉致る キョドる」など
すべてが3音節ですね
また
名詞+「る」で動詞化した単語は、みな五段活用になるという特徴ももっています
「事故る 告る 拒否る」もすべて五段活用です
活用する部分は、接尾辞の「る」です
名詞が語幹になるので、「る」だけが活用します
「夕焼ける」は、3音節でも五段活用でもない
名詞+「る」の動詞化は、3音節で五段活用という特徴がありましたが
「夕焼ける」をみると、5音節で下一段活用(口語)となっています
名詞+「る」による動詞の特徴をもっていません
このような例はまれではありますが、まったく無いわけではありません
「たそがれる」や「待ち伏せる」も、まれな動詞化のひとつです
「夕焼ける」の活用は、下一段活用でしたが
「たそがれる」「待ち伏せる」も下一段活用をとっていますす
「夕焼ける」への考察
俳句で「夕焼ける」を使うべきか否かは、時として議論の的になります。個人的には、この言葉を使うことに少し違和感を覚えることがあります。
その理由は、言葉の文体と意味合いにあります。
まず、文体について。
俳句には文語を用いる伝統があり、その観点から見ると、「夕焼ける」は口語的だと考えられます。
文語であれば「夕焼く」という下二段活用になります。
もし文語で統一された俳句を作りたいのであれば、「夕焼ける」は避けた方が良いかもしれません。
次に、意味合いについて。
「夕焼け」という名詞は、それ自体が空が赤く染まる情景全体を言い表しています。
それを、わざわざ「夕焼ける」と動詞にする必要があるのでしょうか。動詞になることで、名詞よりも美しさを表現することができるのでしょうか。
私にはそうは思えず、むしろ動詞にすることで、言葉が持つ本質的な美しさが損なわれてしまうのではないか、という疑問を覚えます。
まとめ
もちろん、言葉の選択は作者の自由です。「夕焼ける」という動詞を使うことで、空が燃えるように色を変える様をダイナミックに表現することもできます。
「夕焼ける」を俳句で使うか、使わないか。
それは、あなたがその言葉にどのような意図や美しさを見出すかにかかっています。
どの言葉を選ぶにせよ、その言葉が表現したい情景を最大限に引き出しているか、じっくりと吟味してみてください。
「夕焼け」の季語について
「夕焼け」は夏の季語ですが、春や秋、冬の夕焼けも季語として扱われることがあります。それらをまとめた記事もありますので、俳句作りの参考にしてみてください。

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