胸ぐらに母受けとむる春一番

胸ぐらに母受けとむる春一番 岸田稚魚


〇文語部分
「受けとむる」は「受けとめる」の文語の連体形


〇簡単な句の説明
春一番でふらついた母を、胸ぐらで受け止めた、という作品


〇この句の良いところ
かつては、幼い自分が母の胸に守られていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転し、今度は自分が母を支える側に回っている。時間の経過と、それに対する作者の一抹の寂しさが、静かに伝わってくる。
句中に直接は語られていないけれど、読者にその心情を感じさせるように作っている点が、この句の魅力。

無駄な心情を述べず、出来事を淡々と描いている点。
春一番の荒々しい自然現象と、弱くなった母を対比させている点。
こういったものが、読者に心情を感じさせている表現のポイントかもしれない。

強い風は四季で見られるため、別の季節の風にも置き換えて作れなくもないけれど、春の風を使うことで、母が胸にぶつかってきたときの感触や、それを受け止めた作者の心に広がった温かくも少し切ない感情が、より伝わってくる。


同じ情景を作品にしようとすると、「春一番で倒れそうになった母を受け止めた」といった説明的な句になりがちだけれど、作者は「胸ぐらに母受けとむる」という最小限の言葉で、その場の状況と心情を巧みに表現している。
また、「胸ぐら“で”母受け止める」ではなく、「胸ぐら“に”母受け止める」と助詞を使い分けることで、より説明的な印象を弱めようとしている点には、言葉の細やかな配慮が感じられる。



作者である岸田稚魚の作品で有名なものに、次の句がある

水温む赤子に話しかけられて
投票の帰りの見切苺買ふ


岸田稚魚の作品は、作者の優しさが滲み出ているものが多い
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