俳句の季語には、その言葉自体が比喩になっているものがあります。
秋の季語「雁の涙(かりのなみだ)」もその一つで、歳時記によっては「露を雁の涙に見立てた言葉」と説明されています。 1)
しかし、この「雁の涙」を俳句で使うには、いくつかの注意が必要です。
「雁の涙」だけでは伝わらない?
『万葉集』には、この比喩が使われたこんな歌があります。
鳴きわたる雁の涙や落ちつらむもの思ふやどの萩の上の露
この歌では、「萩の上の露」と「雁の涙」を並べることで、露がまるで空を飛ぶ雁の涙のように見えるという、情感豊かな情景が伝わってきます。
しかし、もし俳句で「雁の涙」とだけ詠んだ場合、読者は「雁の目から本当に涙が落ちたのか?」と戸惑ってしまうかもしれません。
この比喩が「露」を指すことを知らなければ、意味が通じないのです。
「自分の言葉」で詠むことの重要性
季語は、長い歴史の中で多くの人が共有してきた言葉の約束事です。しかし、詩歌の世界では、他人の比喩表現をそのまま使うことは、作者自身の発見や創意工夫を欠いていると見なされがちです。
例えば、「露」を詠むとき、私たちは「どうすればこの露を自分らしい言葉で表現できるだろうか?」と、あれこれと考えを巡らせます。
- 「芋の葉に光る露」
- 「草の葉を彩る真珠のような露」
このように、自分の視点から新しい表現を見つけ出すことが、俳句の醍醐味です。
「雁の涙」は、昔の歌人たちが露を詠んだときの、比喩として生まれた言葉です。それをそのまま季語として使ってしまうと、まるで誰かの発明品を借りてきたような印象を与えかねません。
比喩の季語とどう向き合うか
歳時記には、「雁の涙」のように、比喩表現そのものが季語として掲載されていることがあります。
もしこれらの季語を使う場合は、その言葉が持つ背景を深く理解し、自分の句にどのように取り入れるか、慎重に考える必要があります。
別れゆく雁の涙かおぼろ月 三保谷千代
穭田に溜りし雁の泪かな 島崎秀風
これらの句は、単に「露」を指すだけでなく、言葉に秘められた情感や情景を巧みに引き出そうとしています。
季語を学ぶことは、言葉の奥深さを知ることでもあります。歳時記に載っているからと安易に使うのではなく、その季語が生まれた背景まで探求することで、あなたの俳句はさらに輝きを増すでしょう。
1)日外アソシエーツ.(2015).俳句季語よみかた辞典.日外アソシエーツ.
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