俳句の『取り合わせ』とは

俳句の取り合わせとは、まったく異なる二つの季語や事物を一句のなかで組み合わせる技法のことです。この組み合わせによって、それぞれの言葉が持つ意味やイメージが響き合い、一句全体に深みや広がりが生まれます。

たとえば、「古池や蛙飛び込む水の音」という松尾芭蕉の句を考えてみましょう。この句には、「古池」と「蛙が飛び込んだときの水の音」という二つの要素が取り合わされています。「古池」は静けさや時間の流れを感じさせますが、「蛙による水の音」は生命力や動き、そして静けさの名中の儚い響きをもたらします。
もしこの句が「古池や水の音」だけだったら、静寂は伝わるものの、どこか物足りなさを感じるかもしれません。しかし、そこに「蛙」という小さな生命体が加わることで、静寂が破られた一瞬の情景が鮮やかに浮かび上がります。

取り合わせの魅力は、思いもよらなかった異なる二つの言葉を並べることではありません。互いに無関係に思える言葉どうしをぶつけ合うことで、意外な化学反応を起こし、作者も想像しなかったような新しい世界観を生み出すところにあります。これは、俳句が持つ独自の表現方法であり、一句の面白さや奥行きを左右する重要なポイントです。

取り合わせの妙とは

取り合わせの「妙」とは、二つの言葉を組み合わせたときに生まれる、言葉では説明しきれないほどの絶妙な効果や味わいのことです。それは、単に「AとBを並べた」という事実を超え、読者の心に深く響く感動や発見をもたらします。

この妙を味わうには、一句に含まれる言葉の「響き」に意識を向けるのがポイントです。たとえば、静かな夜の情景を表す句に、遠くで響く祭りの音を入れると、静けさがより際立ったり、寂しさと賑やかさが対比されて、独特な情感が生まれたりします。このとき、ただ単に「静かな夜」と「祭りの音」という二つの言葉があるだけでなく、それらが互いに影響し合って、読者の想像力をかき立てるのです。

取り合わせの妙は、作者が意図的に狙うこともありますが、時には作者自身も気づいていないような偶然の発見から生まれることもあります。俳句を鑑賞する際には、「この二つの言葉が、どうして一緒に使われているんだろう?」と考えてみるのがおすすめです。そうすることで、一句に秘められた奥深い世界に触れることができ、俳句の面白さがさらに増すでしょう。

取り合わせで有名な俳句

取り合わせの技法を巧みに使った、有名な俳句をいくつか見てみましょう。


古池や蛙飛び込む水の音 松尾芭蕉松尾芭蕉の句集(Amazon) >>

静寂な「古池」と、「蛙の飛び込む音」という正反対の要素が組み合わされることで、永遠の静けさのなかに音が一瞬生まれたかのような、美しい情景を描き出しています。


閑さや岩にしみ入る蝉の声 松尾芭蕉松尾芭蕉の句集(Amazon) >>

「閑かさ」という静寂を表す言葉と、「蝉の声」という夏の強烈な音とを組み合わせることで、音があるからこそより深く感じられる、圧倒的な静けさを表現しています。


芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏飯田蛇笏の句集(Amazon) >>

目の前の「芋の露」という身近で小さな光景と、「連山の影」という広大な光景が取り合わされています。小ささと大きさが対比されることで、一句全体にスケール感と奥行きが生まれ、朝の情景が鮮やかに心に焼きつきます。


万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男中村草田男の句集(Amazon) >>

「万緑」という夏の生命力あふれる自然の風景と、「吾子の歯生え初むる」という我が子の小さな命との対比が、鮮やかに描かれています。壮大な自然のなかに命のきらめきが感じられる句です。


これらの句を参考に、異なる言葉がどのように響き合っているか、ぜひ考えてみてください。


俳句の取り合わせのコツ

俳句で効果的な取り合わせをするには、いくつかのコツがあります。

1. 意外性を意識する
取り合わせは、単に似たような言葉を並べるだけでは面白みがありません。
思いもよらない、一見すると無関係に思える言葉どうしを組み合わせることで、読者の心に驚きを与え、一句に新しい意味が生まれます。たとえば、「都会の喧騒」と「静かな雨音」のように、対照的なものを試してみましょう。

2. 言葉の「距離感」を考える
取り合わせで重要なのは、言葉どうしの距離感です。言葉が近すぎると説明的で平凡な句になりますし、遠すぎると意味が通じにくい俳句となってしまいます。季語とその他の言葉の間に、ちょうど良い距離感やズレがあることで、一句に独特の魅力が生まれます。

3. 自分の心を動かされた瞬間を捉える
取り合わせは、頭で考えるだけでなく、自分の心が動かされた瞬間を大切にすることが何よりも重要です。たとえば、「満開の桜の下で、ふと故郷を思い出した」という体験があったとします。このとき、「桜」という季語と「故郷」という個人的な感情を組み合わせることで、自分だけの感動を込めた句が生まれます。

これらのコツを意識しながら、日々の生活のなかで心に残った光景や感情をメモしてみるのも良い練習になります。

取り合わせと一物仕立ての見分け方

俳句の表現技法には、「取り合わせ」の他に「一物仕立て(いちぶつしたて)」というものがあります。この二つをどう見分けるか、初心者の方には少し難しく感じるかもしれません。

取り合わせは、すでに説明したように、異なる二つの要素を組み合わせる技法です。一句のなかに、お互いに無関係に思える言葉が二つ以上存在し、それらが響き合うことで、句の世界観が広がります。

一方で、一物仕立ては、一つの事物や情景を描写する技法です。一句のなかに一つの主要な対象や季語を置き、それをさまざまな言葉で丁寧に描写することで、その対象の魅力を引き出します。

見分け方のポイント

  • 主役の数
    取り合わせは、句のなかに明確に二つ以上の主役(要素)が存在します。対して、一物仕立ては、一つの主役が中心となっていて、他の言葉はすべてその主役を説明したり、飾りつけたりする役割です。
  • 言葉の関係性
    取り合わせでは、二つの言葉が対立したり、響き合ったり、新たな意味を生み出したりする「化学反応」が起こります。一方、一物仕立てでは、すべての言葉が中心の対象を補完するような関係にあります。

例で比べてみましょう

  • 取り合わせの例
鴬や障子あくれば東山 夏目漱石夏目漱石の句集(Amazon) >>

「鴬」という季語と、「障子あくれば東山」という言葉が組み合わされています。それぞれが独立した要素ですが、組み合わせることで京都の美しい春の山並みを想像させ、視覚的で壮大な広がりを感じさせてくれます。

  • 一物仕立ての例
秋簾とろりたらりと懸かりたり 星野立子星野立子の句集(Amazon) >>

この句は、「秋簾」という一つの情景を丁寧に描写しています。「とろりたらりと」や「懸かる」といった言葉は、すべて「秋簾」の本質を描き出すための装飾として機能しています。

このように、一句のなかにいくつの「主役」がいるのか、そしてその言葉どうしがどういう関係性を持っているのかを意識すると、取り合わせと一物仕立ての見分けがつきやすくなります。




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