七十二候に隠された、もう一つの顔

俳句の世界には、季節をさらに細かく区切った「七十二候」という言葉があります。
これは、二十四節気をさらに三つに分けた、一年を72の季節で表す暦です。

この七十二候、実は日本のものと中国のもので、内容が少し違うことを知っていますか?

今回は、その違いを知らずに俳句を詠んだ作者の、ちょっとした「体験談」を交えながら、七十二候の謎を解き明かしていきましょう。

「腐草蛍となる」を詠んだら、季節がずれた!

ある日、筆者は歳時記で「大暑(たいしょ)」の候に載っていた「腐草蛍となる(ふそうほたるとなる)」という季語に心惹かれ、句を詠んでみました。

捨て籠や腐草蛍となるあたり

この句を句会に出したところ、評価は上々。しかし後日、日本の七十二候の書籍を読んでみると、この季語は「大暑」ではなく、梅雨の時期である「芒種(ぼうしゅ)」に載っているではないですか!

さらに調べてみると、この季語は中国の七十二候では「大暑」、日本の七十二候では「芒種」を指す言葉だということが分かりました。

「大暑」の句として提出したのに、実は「芒種」の句だったかもしれない。作者の頭の中は混乱しました。

なぜ七十二候は違うのか?

七十二候はもともと中国から伝わったものですが、日本の気候に合わせて独自に修正され、約150年前に正式な日本の七十二候が作られました。

しかし、多くの歳時記は、それ以前から使われていた中国の七十二候をそのまま掲載してきたため、現代の私たちも、意図せず中国の暦で俳句を作ってしまうことがあるのです。

例えば、

季節七十二候の言葉読み方
中国大暑腐草蛍となるふそうほたるとなる
日本芒種腐草蛍となるくされたるくさほたるとなる


このように、同じ言葉でも、季節だけでなく読み方も違うことがあるのです。

「言葉のルーツ」を知ることが俳句を豊かにする

この経験から分かることは、季語は単なる「季節の言葉」ではないということです。

  • 言葉のルーツ:その言葉が、いつ、どこで、どのように生まれたのか。
  • 言葉の変遷:時代と共に、言葉の意味や役割がどう変わってきたのか。

これらを知ることで、あなたは季語をより深く理解し、その言葉が持つ背景や物語を句に込めることができます。

もしあなたが「腐草蛍となる」を詠むなら、中国の七十二候が持つ壮大なイメージを詠みますか?日本の七十二候が持つ湿った土の中から命が生まれる繊細な情景を詠みますか?

中国と日本の七十二候一覧

中国と日本の、それぞれの七十二候を一覧で紹介します。参考にしてください。
※現代語での読みにしています。

 中国の七十二候日本七十二候
立春の一候  東風解凍(とうふうこおりをとく)東風解凍(こちこおりをとく)
立春の二候蟄虫始振(ちっちゅうはじめてふるう)黄鶯睍睆(うぐいすなく)
立春の三候魚上氷(うおこおりをのぼる)魚上氷(うおこおりをいず)
雨水の一候獺祭魚(たつうおをまつる)土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)
雨水の二候鴻雁来(こうがんきたる)霞始靆(かすみはじめてたなびく)
雨水の三候草木萌動(そうもくめばえいず)草木萌動(そうもくめばえいず)
啓蟄の一候桃始華(ももはじめてはなさく)蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)
啓蟄の二候倉庚鳴(そうこうなく)桃始笑(ももはじめてさく)
啓蟄の三候鷹化為鳩(たかかしてはととなる)菜虫化蝶(なむしちょうとなる)
春分の一候玄鳥至(げんちょういたる)雀始巣(すずめはじめてすくう)
春分の二候雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)桜始開(さくらはじめてひらく)
春分の三候始電(はじめていなびかりする)雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっする)
清明の一候桐始華(きりはじめてはなさく)玄鳥至(つばめきたる)
清明の二候田鼠化為鴽(でんそかしてうずらとなる)鴻雁北(こうがんきたへかえる)
清明の三候虹始見(にじはじめてあらわる)虹始見(にじはじめてあらわれる)
穀雨の一候萍始生(うきくさはじめてしょうず)葭始生(あしはじめてしょうず)
穀雨の二候鳴鳩払其羽(めいきゅうそのはねをはらう)霜止出苗(しもやんでなえいず)
穀雨の三候戴勝降于桑(たいしょうくわにくだる)牡丹華(ぼたんはなさく)
立夏の一候螻蟈鳴(ろうこくなく)蛙始鳴(かわずはじめてなく)
立夏の二候蚯蚓出(きゅういんいず)蚯蚓出(みみずいず)
立夏の三候王瓜生(おうかしょうず)竹笋生(たけのこしょうず)
小満の一候苦菜秀(くさひいず)蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)
小満の二候靡草死(びそうかれる)紅花栄(べにばなさかえる)
小満の三候小暑至(しょうしょいたる)麦秋至(むぎのときいたる)
芒種の一候螳螂生(とうろうしょうず)螳螂生(かまきりしょうず)
芒種の二候鵙始鳴(もずはじめてなく)腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)
芒種の三候反舌無声(はんぜつこえなし)梅子黄(うめのみきばむ)
夏至の一候鹿角解(しかつのおちる)乃東枯(なつかれくさかれる)
夏至の二候蜩始鳴(せみはじめてなく)菖蒲華(あやめはなさく)
夏至の三候半夏生(はんげしょうず)半夏生(はんげしょうず)
小暑の一候温風至(おんぷういたる)温風至(あつかぜいたる)
小暑の二候蟋蟀居壁(しっしゅつかべにおる)蓮始開(はすはじめてひらく)
小暑の三候鷹乃学習(たかすなわちがくしゅうする)鷹乃学習(たかすなわちわざをなす)
大暑の一候腐草為蛍(ふそうほたるとなる)桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)
大暑の二候土潤溽暑(つちうるおいてあつし)土潤溽暑(つちうるおってむしあつい)
大暑の三候大雨時行(たいうときにゆく)大雨時行(たいうときどきにふる)
立秋の一候涼風至(りょうふういたる)涼風至(すずかぜいたる)
立秋の二候白露降(はくろくだる)寒蝉鳴(ひぐらしなく)
立秋の三候寒蝉鳴(かんせんなく)蒙霧升降(ふかききりまとう)
処暑の一候鷹乃祭鳥(たかすなわちとりをまつる)綿柎開(わたのはなしべひらく)
処暑の二候天地始粛(てんちはじめてしじむ)天地始粛(てんちはじめてさむい)
処暑の三候禾乃登(かすなわちみのる)禾乃登(こくものすなわちみのる)
白露の一候鴻雁来(こうがんきたる)草露白(くさのつゆしろい)
白露の二候玄鳥帰(げんちょかえる)鶺鴒鳴(せきれいなく)
白露の三候羣鳥養羞(ぐんちょうしゅうをやしなう)玄鳥去(つばめさる)
秋分の一候雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさめる)雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさめる)
秋分の二候蟄虫坏戸(ちっちゅうとをとざす)蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)
秋分の三候水始涸(みずはじめてかれる)水始涸(みずはじめてかれる)
寒露の一候鴻雁来賓(こうがんらいひんする)鴻雁来(こうがんきたる)
寒露の二候雀入大水為蛤(すずめたいすいにはいりこはまぐりとなる)菊花開(きくのはなひらく)
寒露の三候菊有黄華(きくにこうかあり)蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)
霜降の一候豺乃祭獣(さいすなわちけものをまつる)霜始降(しもはじめてふる)
霜降の二候草木黄落(そうもくこうらくする)霎時施(こさめときどきふる)
霜降の三候蟄虫咸俯(ちっちゅうことごとくふす)楓蔦黄(もみじつたきばむ)
立冬の一候水始氷(みずはじめてこおる)山茶始開(つばきはじめてひらく)
立冬の二候地始凍(ちはじめてこおる)地始凍(ちはじめてこおる)
立冬の三候雉入大水為蜃(やいけみずにいりおおはまぐりとなる)金盞香(きんせんかさく)
小雪の一候虹蔵不見(にじかくれてみえず)虹蔵不見(にじかくれてみえず)
小雪の二候天気上騰地気下降(てんきじょうとうしちきかこうする)朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)
小雪の三候閉塞而成冬(へいそくしてふゆをなす)橘始黄(たちばなはじめてきばむ)
大雪の一候鶡鳥不鳴(かっちょうなかず)閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)
大雪の二候虎始交(とらはじめてつるむ)熊蟄穴(くまあなにこもる)
大雪の三候茘挺出(れいていいず)鱖魚群(さけのうおむらがる)
冬至の一候蚯蚓結(きゅういんむすぶ)乃東生(なつかれくさしょうず)
冬至の二候麋角解(びかくげす)麋角解(おおしかのつのおちる)
冬至の三候水泉動(すいせんうごく)雪下出麦(ゆきわたりてむぎいず)
小寒の一候雁北郷(かりきたにむかう)芹乃栄(せりすなわちさかう)
小寒の二候鵲始巣(かささぎはじめてすくう)水泉動(しみずあたたかをふくむ)
小寒の三候雉始雊(やけいはじめてなく)雉始雊(きじはじめてなく)
大寒の一候鶏始乳(にわとりはじめてにゅうす)款冬華(ふきのはなさく)
大寒の二候鷙鳥厲疾(しちょうれいしつする)水沢腹堅(さわみずこおりつめる)
大寒の三候水沢腹堅(すいたくあつくかたい)鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)




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