不思議な魅力に満ちた句。
雪降るや水に映りて何もかも 岸本 尚毅
〇旧仮名部分
切れ字は「や」で、意味は「・・・だなあ」
〇句意
雪が降っている。その景色の何もかもが、湖面に映っている。
〇季語
雪(ゆき)/ 冬
句の魅力
しんしんと雪が降り、水面に触れた瞬間に消えていく。空から降る実体の雪と、湖面に映る虚像の雪が、正反対の軌道を描きながら水面で触れ合って消える――。
どこか幻想的とも言える景色。
永遠とも思えるほど次々と雪は降り続け、そのすべてが湖面の中の雪と重なり合っては消滅していく。まるで、物理現象の「対消滅」のような神秘的な出来事が、いま目の前で起きているかのよう。
「雪降るや水に映りて」までで、水面に雪が映り込んでいる情景は十分に伝わる。
しかし、そこへ下五の「何もかも」という言葉が置かれることで、単に雪の姿だけでなく、その場の静寂や儚さ、までもが水面に映り込まれていくような感覚を覚える。
この言葉によって、映像の中の静けさがより一層際立つ。
このように深く読者を惹きつけるのは、ひとえに語順の妙か。
例えば、
「降る雪のすべてが水に映りゐて」
と詠むこともできるが、これではこの句が持つ独特の景色や緊迫した空気感は生まれない。
また、「雪降るや」を「降る雪や」にすると、視点が雪の動きよりも雪そのものになってしまうため、同様の空気感は弱まる。
「や」による切れも絶妙。
本句は「雪降るや」で大きく切れ、「水に映りて」の「て」で軽く切れている。この、三段切れにも近い構成を嫌って、例えば、
「降る雪の水に映れる何もかも」
などと作ることができるが、やはり、これでは先ほどの効果は生まれない。 「雪降るや」と最初に大きく切ることで、そこに大きな余韻が生まれる。
だからこそ、残りの下五までを読み下したとき、目の前に鮮烈な映像や情感が立ち上がってくる。
俳句は、句集「健啖」に掲載されている。
| 健啖 著者名 岸本 尚毅 出版者 花神社 出版年月 1999.4 |
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